僻み根性といじわる

幼児期のわたし

比較対象の姉


私には2つ年上の姉がいた。

いたというか、今も生きているので「いる」なのだが、幼い頃の私の記憶の中にしばらくの間姉はいなかったということだ。

写真もなかった。家にある私の写真は保育園時代から始まっていて、赤ん坊のころの写真んも当時は一枚もなかった。

祖父が「お前のお姉さんは蟻を怖がった。」と蟻を見るたびに話していたので「ああ、私には姉がいるんだな。」と分かったわけだ。

不思議と会いたいと言ったことがなかった。

その姉が、あの噂の恐ろしい母親のところにいると聞いていたので必然的に

姉に会うこと=母親に会うこと

となるわけだから幼いながら会いたいなんて言葉が出るはずがない。

姉の名前は美穂というらしかった。

祖父母は「美穂はあの頃から頭の良い子だったから勉強ができるに違いない。」といつも言っていた。

あの頃とは、私が生まれる前の両親が祖父母と同居していた時の話のようだ。

そして、私はことあるごとに会ったことも話したことも記憶にない美穂と比べられた。

姉(左側)と私

誰とでも比較され傷ついた心

祖父母は美穂だけでなく、いとこの中でも、近所の子でも

優秀な子がいるとすぐに私と比べて

「〇〇ちゃんはお前と違って利口だからそんなことは言わない。」とか「△△ちゃんはお前と違って利口だからなんでもできて優秀だ。」と言ってきた。

私はいつも遠回しに「だからお前はダメなんだ。」と遠回しに言われているようで傷ついた。

できないことがあると、

誰に似たんだか・・・。

といったこともよく言われた。

小さな子が言うありがちなわがままも許されないことがとても多かったので、この頃になると酷い癇癪を起こすことも多くなった。

小さな子が言うわがまま・・・。

例えば街に買い物に出かけて、途中で足が痛くなって歩けないからおんぶしてと言うと「だから連れてきたくなかった!〇〇ちゃんはいつもちゃんと歩いて利口だぞ!」とかスーパーに着いて行って祖母にお菓子が欲しいと言うと「そうやってなんでも欲しがって!△△ちゃんは利口だからおばあちゃんに何か買ってなんて言ったことないぞ!」

と、まあこんな感じである。

戦時中じゃあるまいし・・・。

そりゃ~〇〇ちゃんも△△ちゃんもお母さんがいるからね、おばあちゃんにねだらなくてもそっちはそっちで買ってもらえるだろう。

お母さんがいない私は誰にこういう要望を言えばいいの?

その頃の私には

母親では、なく祖母が拠り所なんだから

利口だとかバカだとかそんな話ではない。

僻み根性とひどくなる癇癪

私より上がいれば必ず比べられてけなされる。良い結果以外は認めてもらえない。

まだ幼児とはいえ薄々感じていた。

どうも1番じゃないと認められないような感じだった。

まだ学校に行ってなかったので、この時に求められたのは

「わがままを言わず、何でも自分でできて、言われなくても自分から挨拶をして、素直に返事ができて・・・。」

まあ、こんなところかと思う。祖父母が子供時代はそうだったかもしれないが

時代に全く合わない考え方で

周りともあまりに違いすぎて、なんでウチだけ?とそんな気持ちでいた。

そして、だんだん比べられた人に対して僻み根性が出るようになった

保育園のお友達と比べられたりすると、次の日からその子をいじめたりするようになった。

先生も困り果てて祖母にチクる→怒られて叩かれる→余計恨む→見つからないようにいじめる

こんなことを繰り返していた。

比較される以外にも否定されすぎると、溜まりに溜まって癇癪となって現れた。

今思い出すと、そんな泣き方?と思うほど号泣していた。

「お前は捨てられた子、可哀想だから育ててやったのに、だったらお母さんのところへ帰るか施設に行くかどうするんだ?お母さんのところへ行ったらもっと厳しいお婆さんがいるから、お前みたいな甘えた根性をしてたらいじめられるぞ!」

とその度に、捨てられた、育ててやった、施設に入れる、恐ろしい母親のところに返す、母方の祖母は恐ろしいといったことを羅列して脅してきた。

忘れられない返答

姉の美穂はそんな恐ろしいところで暮らしているのか…どんな生活をしているんだろう?

私はその何年か後に聞いてみたことがあった。いつもの山に捨ててこいの説教の後に

「なぜ私だけ捨てられて美穂だけ母のところにいるの?」

と聞いてみた。

祖父母は「美穂は頭の良い子で、わがままも言わない可愛い子だったから育ててもいいと思ったんだろう、お前は泣いてばかりいてわがままだからいらなくなったんだろ。」といったことを話してきた。

でも私は、それで変わることはなかった。

わがままも言わない良い子になってしまったら、怖い母親に「やっぱり返してください。」と迎えに来られるのが怖かったから。

それになんにしても、どこに行っても大して変わらないと諦めてしまっていた。幼少期に繰り返されたこの言葉は半世紀を過ぎた今も私の脳裏にいつもあり、全く忘れることができない。



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