本は友達
友子ちゃんと遊べなくなると、なんとなくバツが悪く愛ちゃんとも遊べなくなった。そりゃそうだ、私たち3人はいつも一緒だった。
その中の2人が「遊ぶな!」と禁止令が出ていたら愛ちゃんだってどっちを取ったらいいかわからないだろう。
私は学校から帰ってきたら本を読むようになった。
孝伯父さんが持ってきた、孝子ちゃんや勝くんがもう読まなくなった児童書。それまでは本棚に置いてあるだけだったけど、私は片っ端から読むことにした。
テレビでも放送されていた、世界名作劇場も好きでよく観ていたので児童書は楽しいものばかりだった。
図鑑もたくさんあった。なぜ?なに?が解決する本も読んでみると興味深いものばかりで、毎日読み漁った。
「今までこんな面白い本があったのになぜ気が付かなかったんだろう・・・。」
改めて時間ができてみると気が付くことだった。本って誰にも邪魔されずに楽しめるアイテムだってことを。
森田塾
さらに、祖母は勉強が遅れていることを心配して学習塾に通わせるようになった。
塾の先生は森田先生。
孝伯父さんが小学生の時の担任だった女の先生で、引退後に近所の子供達に勉強を教えていた。
先生は教科書に沿ったドリルで予習や復習をしてくれて、なんといっても景子先生のように褒め上手で
私はまた勉強が好きという気持ちを少しずつ取り戻し、森田先生の塾に行くのが楽しみになった。
森田塾にはクラスメイトの尚美ちゃんも通っていた。
新しい友達、尚美ちゃん
尚美ちゃんと私の祖父は同業者で、横のつながりがあったおかげで祖母も嫌な顔をせずに遊べる友達だった。
私は塾の日以外のほとんど毎日、尚美ちゃんと遊ぶようになった。
この頃は、祖母が決めた遊んではいけない人がいた。
まだ、そういう制限があることにまだ違和感を持っていなかったが、祖母はちょっと差別的なところがあり、祖母なりの理由があったんだろう。
とはいえ時代が時代で子供はたくさんいたので遊ぶ人はたくさんいた。
尚美ちゃんは3つ下の弟がいた。もちろんその弟も一緒に遊んだが、近所に住む高学年の尚美ちゃんのいとこのお姉さんもよく遊んだ。
その年上のお姉さんはいろいろな遊びを教えてくれて、絵を描くのが上手でしっかりしていた。そのせいか尚美ちゃんもしっかり者で、私はよい影響を受けたと思っている。
尚美ちゃんと遊ぶ時は、電話をして約束して行くのが私たちの決まりだった。尚美ちゃんがいとこのお姉さんの真似をして始めたことだったが、それがとても新鮮で楽しかった。
私はいつも広告の裏にメモを取った
おやくそく
①遊ぶ人
私と尚美ちゃんと弟。
②もちもの
お小遣いは50円、ハンカチとティッシュを持ってくる。
③目当て
けんかをしない。なかよく遊ぶ。
④さよならの時間
5:00
これを居間のテーブルに乗せていく。言わなくても祖母に伝わるのもちょうどよかった。
嫉妬からの絶交
このおかげでだんだんハンカチとティッシュを持ち歩くようになったり、時間を守ったり、だらしなかった私に良い変化もかなりあった。
こうして私は友子ちゃんと愛ちゃんと遊ぶことがなくなり、尚美ちゃんと遊べない日は家で本を読んで過ごした。
2年生になってからも、私は尚美ちゃんと同じクラスになれて仲良しが続くと思っていた。
ある日、私は尚美ちゃんと絶交してしまった。
約束した人以外がいる…。
一緒に遊んでもいい?と聞かれたけど、急に言われたことが気に障り融通が利かなかった私は怒って帰った。
せっかく尚美ちゃんのおかげで変わってきた私だった。でも当時はそんなことよりも二人の約束を破られたことへのいら立ちが勝ってしまっていた。
尚美ちゃんを独り占めしたかったのもある。
結局、私はまただれも遊ぶひとがいなくなってしまった。
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